2歳3ヶ月  期間限定の 研ぎ澄まされた記憶能力 1


第二子出産までのしばらくの間、都合で実家に滞在する事になりました。
田舎の実家は大きいのであちこち歩きまわる息子の運動量もかなり増えました。
今まで日中は殆ど私と二人だけの生活をしていたので最初の頃は、私がいないと不安がったりしましたが、側に私が居れば「何でも来い」という感じで飛び回っていました。

核家族の典型のような生活から一転し、祖父母や叔父夫婦そして2匹の犬というたくさんの人が同居する新しい環境の中で息子の生活は本当に一変しました。

そしてそれは素晴らしい経験になったのです。

家にいれば誰かが話しかけてくれましたし、いろいろな事をさせてもらいましたし、構ってくれました。
今までは何かあれば「お母さん抱っこ」となどと甘えていたのですがそんな事を言っている時間など無くなる程忙しくなったのです。

きっと大家族の中で育てられた昔の子供たちはこのような環境の中で大きくなったのだろうと思いました。
大勢の家族の一員としてごく自然に皆からの刺激を受けて育つという事はバランスの取れた大らかな心を持つ人間に育つのではないかとしみじみ思いました。

今の時代でも、そして日本中のどこに住んでいようと、そういった環境の中で子育てが出来たらいいなと思います。

そんな環境の中で、息子と私と二人の間に新しいとても楽しい時間が生まれました。
実家の通用口を出た所に踏切があるのですが乗り物好きな息子にとってその通用口は電車と車の両方が見られる最高な場所になったのです。

その場所を発見した息子は「電車を見に行こう」と私にせがんで毎日のように通用口に行くようになりました。
毎日小一時間でしたが、お腹の大きな私は椅子に座り、息子は私のそばに立って外を見るのです。

踏み切りではそれこそ全ての車が一旦停車するので大喜びで車をチェックするのです。
そしてゴーゴーと大きな音をさせながら、すぐ近くを走ってゆく電車をワクワクしながら見上げるようにして見る時間は息子にとって信じられないくらい楽しい時間のようでした。

車の写真が沢山載っている本を何冊か持っていたのですが、それを始終読んだり見たりしていたので、かなりの種類の車種名、形などをよく知っていました。

その知識を実際に確認する事が楽しみだったのです。

踏み切りで一旦停車する車を見ては「MarkⅡだ!」「今度はミラージュだ」「あっシビックが来た」などと大きな声で一台一台の車種名を言っては私に教えてくれるのです。

その都度「あたりー!」とか「本当だ!」とか「すごーい!どうして分かるの?」などと大げさに評価して言ってやると「してやったり」というような自慢そうな顔をしてますます真剣に車種を言い当てては喜んで遊びました。
そんな時でも自分の事を母親が「にこにこしながら褒めてくれる」という事が子供にとっての最大の喜びだったのです。

車種名当ての際に私が大げさに喜んだのは息子にやる気を出させるためだけではなく、もう一つの理由がありました。実は殆どと言って良いほど車種名を間違えなかったので本当に嬉しくなってしまったのです。

息子は2才半になる頃には車をどの角度から見ても車種名を決して間違えませんでした。
高速道路などをドライブしている時、次から次へと私たちをビュンビュン追い越して行く車を後から見るだけで言い当てていました。
形に微妙な違いしかない「グロリア」と「セドリック」でも決して間違えませんでした。

ですから退屈なドライブも「車種名当てごっこ」などをしていると3時間でも四時間でも飽きる事なく高速道路をドライブする事が出来ました。

この体験を通じて、私は子どもの目から入る情報の精密さとそれをきちんと記憶することの出来る、優れた脳細胞の力に感嘆しました。

これは多分私の息子だけはなくたくさんのお母さんが「あっ、うちの子もそう言えば・・・」と思い当たる事があるのではないでしょうか?
そして「私の子はもしかして天才?」と思っていることでしょう。

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